森火土金水

日々思うこと、さまざまな占術について綴っています。 mori ka do gon sui

合う?合わない?

先週末から、別の店舗で、占いスタート。
準備を手伝って、じぶんのテーブルに落ち着いてから、店舗周辺地図を観察してみると。
学校、多い…。
小学校から大学まで。学校にとりかこまれている。
そして、店舗が変わってみて、初日の気づき。
お客は、じぶんに合う占い師を選ぶ。
今更ながら、始めて、それを知った。
店舗で一緒になる他の占いの先生のところには、それぞれタイプの違うお客さんが来ていることが、初日にして、わかった。
合う占い師のところに、お客さまは行く。
他の占い師の先生を選ぶお客さまに、こちらに来てほしいとは、思わない…だって、明らかに、あちらの先生のほうが合うなあ、と納得できる。
考えてみれば、友だちを選ぶときも、そうだよなあ。あまりにシンプルだから、忘れていたけれど。
店舗が違えば、また違ったお客がくると経営者から言われたけれど。
この日、わたしが逢ったお客さまは…今までと、ほぼ同じ客層だった…不思議なことに。
わたしのお客さま、って、わたしが合うと思ってくれるお客さまって、こうなのかなあ、と嬉しく思索。

違う職場の効果

占い師を始めたら、それは別の職場のやり方も始めることに、なるんだなと思う。
占い師は個人事業主で、店舗には一面識もない先生方がたくさんいる。
経営者からは、ラインで指令や連絡事項がやってくる。他の先生方の連絡事項もライン。
一面識もないけれど、ラインでつながっているだけで、なんとなく知り合い気分。
売上報告はタブレット、支払い通知はメール。
タブレットには、その日の店舗別の売上順位が10分おきに更新表示。
(それに振り回されないように、じぶんを保とうと気をつけている)
人と人が直に対面して、なんてしなくても、仕事は回っていく。
お客さまと対面して占うのは、なんだかとびきりの贅沢に思える。
ちなみに、電話鑑定は私は無理そう。
ためしに、ココ◯ラに登録してみて、運営の仕組みや、アプリの性能に、ほお、と感心しつつも。
練習で1時間イヤホンマイクをつけて、自宅待機をしただけで…嫌になった。
家の中で、拘束される状態にあるのが、じぶんの意思ではなく、じっとしていることが、わたしには非常につらいみたい。
ということに、今さら気づいたりして。
なぜそうなのかも、じぶんのホロスコープを見て、あ、と府に落ちたりする。
対面鑑定で使おう。

千万長者はいない

3月から上野の店舗に移ることになった。
2月までは、今の店舗。
上野には、また違ったお客さまが来る、と経営者から聞いた。どんなお客さまかなあ。
今の店舗は、二十代のお客さまが30パーセントくらいな感じ。
二十代の人とさしで話すのは、面白くて、新鮮。会社員生活では、二十代の人に気を遣われる状態だし。
二十代のきれいな女の子が二人で占いに来たりするときは、キラキラでまぶしい。
15パーセントくらいが男性客かな。
男性客のほうが、ほとんど延長してくれて、お金払いは女性より良かったりする。
ある男性客に「百万長者は、占いにお金を出さない。でも、億万長者は占いにお金を出します。百と億の違いはそこです。目に見えないものを信じることができるか」と言ったことがあって。
後で、そういえば、なんで千万長者は、ないんだろう?と思う。
千万レベルをすっとばすほどの、高度経済成長があったってことか。
たしかに百万は、長者とは言えない。社会人の年収の単位だ。そして、今では、占いに来る単位。

怪しいと信頼と

今、占いをしている店舗は、神田なんだけれど、もしかしたら上野に移ることになりそう。
今の店舗、三ヶ月を過ぎたところだし、リピート客も現れ始めたし、しばらく今の場所にいたかったんだけど。
この世界でお客がつくのは時間がかかると聞いていたし、パラレルワーカーでもあるし、客数は超少数なのは仕方がないと思っていたから。
しかし私、移るの早すぎない?と、まだ困惑中。
「できる先生だから」「いい先生だから」もっと鑑定の経験を積んでほしい、と経営者からの言葉。
しかし、経営者は、心理テクニックに長けた、百戦錬磨の占い師なので、その言葉を信頼できないじぶんがいる。
占い師に、怪しいという形容詞が定番なのって、それもあるのかも。
信頼できる占い師って、どんなふう?
心理テクニックみたいなものは、嫌だな。それこそ信頼されなくなってしまう気がする。占術の技術は必要だと思うけど。
できるだけ、じぶんの素のこころを失わないことかな…って気がする。

虹をつくるひと

昨夜は、嵐の生配信ライブを観ていた。
途中、紅白に出演のため、ライブが中断、そのときに、視聴者へ嵐へのサプライズ計画参加を募る告知が。
ある曲が始まったら、視聴者が画面から嵐にメッセージを送信できるというもの。
紅白の出演準備タイムで、嵐は配信画面を見れない状況にあるからこそ、のないしょの告知タイムだ。すご~い、どんなメッセージにしよう?
と、考えて、その告知画面に、虹のレインボーみたいな飾り文字がデザインされていたから、虹を連想して。
「嵐は虹じゃない。だから消えない。」
とメッセージを送信。
そうしたら、ライブの最後にステージ上に、巨大な虹が現れたのだった。
この最後に現れる虹を目指して、無数の見えない虹が、かくされてすすんできたステージだったのかもしれない。
…無数の虹を見せるしごと、をしてきたグループだ。
休止中も、メッセージを綴りながら、待っていよう。

アメーバブログも始めました。
ユーザー名は、はてなと同じく、
topazfall
ブログタイトルは、
宿命ってやつは。
https://ameblo.jp/topazfall
そちらは、占い師要素メインで、文章は、ですます調にトライしてます。

今年もよろしくお願いいたします。

一番最後に、目がひらく

目は、九星気学でいうと九紫火星が司るもので、人間の身体では、一番最後につくられる器官。
つくるのが高度に難しい器官ということだろうか。
子犬や子猫は、生まれた後でも、まだ目が開いていない(できあがっていない)くらいだしね。
話題はここで、<嵐>になるのだが、私が一ファンとして、強く思っている嵐の魅力は、5人全員が「目がきれい」ということである。
シンプルすぎる?
いや、目がきれいでいつづけるって、大変なことだよ。
5人とも、見かたが違う目なのもいいし。
目の前にいる人を真っ直ぐ見ている目の相葉くん、世界中の人間を見ているような目の翔ちゃん、遠くにある美しい世界を見ている目の大野くん、じぶんの内側は見せず、こちらの深層を見ている目のニノ、目力キラキラだから、視線をはずしたり、長し目線のほうが、こちらの息がつけることがわかっているのか、優しい手加減の目、松潤
私が占いを初めて思ったのは、初対面でこれほどに、相手の目も、じぶんの目も、真っ直ぐに見て、見られるシチュエーションって、あるんだろうか?ってこと。
目を見られると、心根を見透かされるようで、きれいな目のじぶんでありたい、そうなるにはどうあるべきかな…なんて思うこのごろ、<嵐の目>は、癒しである。

誰かを助けていたりすることを知らない

その人は無自覚のままに、誰かを助けていることが、誰かを救っていることがある。
私が始めて、店舗に占い師デビューした初日、てっきりお客はゼロだろうと思っていたら、なぜか予約が入っていた。
最初のお客が予約で、しかも知り合いの予約ではなく、未知の新規客から、というのは、普通ありえないらしい。
お客さまも、あまり意味はなくネット予約を、深夜に入れてくれたようで、私が初鑑定だったことも知らない。
後程、そのお客さまの、偶然の一致点の多さに気づく。
算命学で、本人を示す日干支が、私と同じ。確率、60分の1。
数秘術で、要となるライフパスナンバーが、私と同じ。確率、12分の1。
九星気学の星が私と同じ。確率9分の1。
3つ全部一致する確率、6480分の1。
ここまで一致したお客さまは、その後現れていない。
この人が現れたのって、天からの祝福のサインかなあ、待ってたよ的な。って、勝手に受け止めている。
無自覚のままに誰かを助けたり、救っていたりすることがある件、もうひとつ。
嵐好き熱が高まっていた中で見つけた、yellow lover 1983~にのあいStory~さんの小説ブログを、愛読している。
登場人物たちの愛の希求の純粋さと行動力に、癒されつづける毎日で、一番最近に完結をした小説タイトルの<虹>に、今だに記憶に残っている虹のことを思い出した。
数年前、雨が降っている日、49階のライブラリーの窓際で本を読んでいたら、本のページの上に突然光が射した。顔を上げたら、窓の外、東京タワーと東京湾を見下ろす空の上に、タワーも高層ビルも、まったく別次元の高さで、巨大さで、空いっぱいに、巨大な虹がかかっていた。
虹のふもとでもなく、一片でもなく、虹の全貌が、分度器みたいに弧を描いて、眼前にあった。
ライブラリーには、他にも人がいて、みな一様に、黙って虹を見つめていて、次々と携帯のカメラのシャッターを切り初めた。
虹は、またたくまに薄れていく。
あの日、あのとき、なぜあんな場所で、そこにいる人たちは、あんな虹を見ることができたのだろう?
その虹のことは今でも覚えていて。
虹を見たライブラリーは会員制で、その後、収入減少の事態にみまわれたときに退会をしたのだが。
私は虹を見た場所に、いつか戻れるかなあ、と、ふと思ったのだった。
虹は、誰かを幸せに、救いとなっていることがあるなんて、知らないね。もちろん。