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森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。はてなダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/topazfall/

ひとりが相手

連休で帰省中に、母と妹の手相を観る。
母の手には、ちゃんと、わたしが生まれたときの線、妹が生まれたときの線が刻まれている。
ひとり目だったせいか、わたしの線のほうがくっきり、はっきりしている。
大変な出来事があったときには、傷ついた線が入っている・・・しかし、両手に男並みの起業線がくっきり。
父が亡きあとも、写真館をきりもりしてきた人だからなあ。
晩年期ゾーンに、しっかりした線が出ているから、長生きするにちがいない、母。
妹の手には、とてもはっきりした長い開運線がぴゅーんと何本か、昇っている。
一本の線は、年齢を問うと、あ、結婚したときだー、という答え。
もう一本の線の年齢を問うと、うーん、あ、姑が亡くなった年だー、という答え。
結婚も、姑の死も、発展的な出来事だったと解釈していいのか・・・。
手相観るの楽しー、しかし、見た後、けっこう疲れる。
一日に何十人も観ている人は、この消耗の度合いを軽くする術を身に着けていないと無理ではないだろうか。
今まで、プライベートでさまざまなことをやってきたけれど、手相観が楽しいのは、相手がいるからだな。
じぶんになにかを反映させようとしてやることは、相手がじぶんになる。(勉強とかスポーツとか)
だれかの創作物(本とか映画とか美術とか)を媒体にして、じぶんになにかを反映させようとすることも、結局相手はじぶんになる。
手相観は、じぶんだけではなくて、だれかがいる。
効率を追求する場合は、「一度に大勢のだれか」が相手じゃないと利益はないということになるんだろう。
「ひとりのだれか」を相手にすることは非効率ということだろうか。
でも「ひとりのだれか」のためにすることは、けっこう楽しい。

二黒の行方

九星の中のひとつ、二黒土星。(じこくどせい)
華やかというより、地味なイメージ。
しかし、地味というのは、信頼される条件のひとつだったりする。
見えないところでもまじめで、コツコツと勉強して、たしかな技術を身につけ、人を育てていくのが、二黒土星の王道。
どの星の人にとっても、大切で、必要な星といわれる。
会社の中でいうと、事務職が二黒土星の象意だ。経理もそうだね。
事務職、いわゆるバックオフィス、後方支援といわれる職務。
この後方支援業務が、どんどん軽視されている気がする・・・。
だれでもできる仕事だろうと思われ、会社の経費や人件費を割くような仕事じゃないだろうと思われ、評価に値しない仕事だろうと思われ、そんな仕事がしたくて入社してきたんじゃない、と思われ。
でもちゃんとした事務ができないと、周囲は迷惑だし、お客さんも迷惑だし、なのにちゃんとした事務ができる人も減っているし、ちゃんとした事務ができる人を育てられる環境もなくなってきているし。
わたしの勤務先って、どんどん二黒土星が崩れはじめているな、とここ数年、思い続けてきたけれど。
わたしの周囲に限ったことではないかもしれない・・・・。
アウトソーシングを専門にする会社で請け負う業務に、二黒土星的な分野が拡がっている。
ひとつひとつの会社内で、二黒土星的なものが生きにくくなって、居場所を失って、育たなくなって、会社は、社外から、二黒土星的なものを買う状態になっていく。
でも、見方を変えればちょっと面白い。
かつて、社外から買ってくる人材というのは、経営のトップになれるような人材だったけれど、真逆の人材を買ってこなければいけない時代になっていくのか。そしてそれは買おうとすると、意外に高かったりする。
ちなみに、経営のトップというのは、九星では、六白金星(ろっぱくきんせい)が担うもの。
じつは、六白金星と二黒土星は、表裏の関係の星なのだ。
六白がきわまると、頂点に達すると、二黒に変ずる。またその逆もあり。
経営トップの値段より、事務職の値段が高くなる時代が来ていたりして?

親指の異変

昨日から土用が始まった。
わたしの場合、春と夏のあいだの土用のときは、口内炎ができることが多い。
先週、歯茎に痛い箇所があったので、そうだ、土用だし!と思って、半年に一回の歯科検診を予約しておいた。
ところが、二日前から、左の親指に異変が。
親指の側面が腫れて、やけどのようなじんじんした痛みで不眠気味。
今回の土用が親指に来るとはーっと、新しい発見をした思いで、でも痛いよーっ、発見するって痛い思いをすることなのねーっと、心中で葛藤しながら、皮膚科へかけこむ。
爪の側面からばい菌が入って、膿んでいたんだって。
抗生剤と塗り薬をもらう。
・・・手指に異変があったときの、手相リーディングのとらえかたを、あてはめてみる。
親指はじぶん。親指になにかあったときは、じぶんに何かがあったと思え。というもの。
左は精神面、右は現実面。
わたしは左の親指だから、精神面、こころの異変だ。
異変といっても、悪いことばかりではない。良いことにつながる異変のしかたもある。
皮がむけてしまったなどの異変は、脱皮願望と見る。
しかし、今回のわたしの親指は、病的だなー、膿みなんて、腐敗だもん。
この4、5日間は、こころに、ばい菌が入って、膿んで、赤く腫れて、痛くてたまらない・・・という状態だったな、たしかに。
皮膚科の先生は、膿みを出したほうが治りが早いから、と診察室で爪際の膿み出しをしてくれた。
さぞかし痛いかと思ったけど、意外に耐えられた。腫れたままのじんじんした痛みのほうがよほどつらかった。
じぶんのこころの膿みを出す・・・これが土用の課題か。

二重生活線ふたたび。

二重生活線に再び遭遇してしまった。
先日、見せてもらった知人の手相に、今度は両手に、くっきりと。
ふたつの居場所を往復する二重生活線。
二重生活とは、自宅と自営の職場との往復か、自宅と親族宅の往復になる線。
でも相手はまだ二十代で、二重生活線が始まるのは五十代だ。
今、わざわざ伝えることではない。この先変化する可能性もあるし。
それに、二十代の知人の手相は、健やかで、しっかり自分の人生を歩もうとしていて、未来の可能性にあふれている手相だった。
二重生活も、たぶんマイナスというよりプラスのかたちであらわれる可能性が高い。
しっかり人生を歩んでいることが、あらわれている手相の持ち主なので、しっかりした答えを求めてくる。
それは何歳から?と具体的なことをどんどん聞かれる。
だから、わたしがこうだなっと思える年代を、えいっと、どんどん伝える。
はぐらかすという答え方をする手相観の人もいると思うけれど、はぐらかされたときのきもちはいいきもちではない、と思う。
どうやらわたしは、はぐらかすという答え方は嫌いらしい。と、こんなところで突如気がつく。日常のシーンでもそうだな。
具体的な部分まで読み取れないと、手相観とはいえないよね。がんばります。

二重生活

手相を学んでいる、と言ったら、友人がさっそく手を見せてくれた。
手の中に、はっきりした特徴的な線があって、それは、生命線が、中年をすぎてから増強されている線だと思って、そう伝えた。
その一週間後に、その線は、「二重生活線」であるという情報が偶然入る。
しかも、教科書通りの綺麗な二重生活線だったんだなあ、友人のは。
しかし、友人にそれを追伸として伝えるべきかどうかについては、悩み、見送ることにする。
二重生活線は、行き来する場所を、ふたつ持った生活をするという線。
それは「家庭と仕事場(ただし自営の)」かもしれないし、「嫁ぎ先と実家」なのかもしれない。
前者はともかく、後者は、人によって受け止め方が微妙な気がする。
手を見せるときは、とってもどきどきする。
それは、怖いどきどきというより、楽しいどきどき。
じぶんの手の上には、きっと素敵なものが示されているはず、という期待のどきどき。
二重生活線が、友人にとって素敵なものであると確信できない段階では、伝えるときではないんだろう。
わたし自身「三十歳までは精神的に故郷と家族にひっぱられつづけていたけれど、その後じぶんの人生を歩けるようになりましたね~」(ちゃんとそういう線のかっこうになっていた)と言われたときは、嬉しかったもの。
これがもし、「ひっぱられつづけている最中」にある段階にそういわれちゃったら、落ち込んだと思う。
「過去」になってしまった段階で、伝えられたら、笑える。
素敵なものは、「いま」と「さき」にある。手相に限らず。

3月のRadio

NHKで放映中の「3月のライオン」が好きだ。
原作漫画は未読。アニメーションで十分に満足してしまっているからかもしれない。
3月のライオン」というタイトルは、英語のことわざ"March comes in like a lion and goes out like a lamb."(3月は、ライオンのように荒々しく始まり、子羊のように穏やかに終わる)からの着想とのこと。
ここで私は「3月」という点で、痛くしびれてしまっている。
3月は、三碧木星(さんぺきもくせい)という星が担当する月。
三碧木星は、「男の子」の星。「若者」の星。「青年」の星。「青春」の星。「息子」の星。「長男」の星。
将棋の世界の「男の子」が主人公で、将棋の世界の「男の子たち」や「かつての男の子たち」を描くドラマのタイトルの中に、「3月」が入っている。きらっと三碧木星が笑っている。
着想モトとなった英語のことわざも、「青春のすがた」を示しているように思えてならなかった。
最近、さらに、三碧木星を示すもので、とびこんできたのが、「壊れかけのRadio」。
これもまたNHKで放映中の「バナナゼロ ミュージック」で、特定の歌に対してつっこみを入れるつっこみラップの名手が登場し、ラップの部分だけ聞いて、つっこみ対象の歌は何かを当てるコーナーを見ていた。
これ、結果として、対象歌の「歌詞」がすごくクローズアップされ、「歌詞」を再考させられることになる。
そのときの解答曲が「壊れかけのRadio」だったわけ。
徳永英明・作詞の歌詞を反芻していたわたし、突如、タイトルに「Radio」が入っていることに驚いた。
「Radio」→ラジオ。ラジオも三碧木星が担う・・・。
「壊れかけのRadio」は、去りかけの青春を惜しむ歌で、それが徳永英明の変声期直前のようなかすれたソプラノな歌声にマッチしている。
青春の象徴として「Radio」を選択してきたのは、なんかすごい。
別に、「3月」や「ラジオ」が三碧木星の象意だなんて、作者は知らないはず。
無意識に、「ふさわしいアイテム」を選択する、感じとる力を、持っているということ。
クリエイターとかプロフェッショナルは、そういうものなのかも。
素敵なアニメーションや歌に対して、ヘンにピンポイントに震えているわたしであった。

九紫火星、ふたたび

先週、ピラティス教室でトレーナーさんから、「もしかして、気学に興味はありますか?」と聞かれる。
な、なぜその質問をわたしに?
「はい、勉強しています!」
「え~、もしかして鑑定もできますか?」
「はい、できます!」
トレーナーさんには、気学の話をしたことはまるでない。
ただ、ピラティスのレッスンなので、身体の調子を毎回聞かれる。
だから、こういう不調があったけれど、こういう食べ物をとったら良くなって・・・とか、過去にこういう病気をしたけれど、こういうサプリメントをとったら良くなって・・・とか、「わたしの不調時の、のりこえかたの発見」の話はさんざんしてきた。
そんなわたしを見てきたトレーナーさん、最近トレーナーさんの友人が、気学を勉強していて、気学の話を聞かされ、わたしも気学に関わっていそうな人では?と思い浮かんだそうだ。
気学の最大の醍醐味は引越しなんだけれど・・・ここが信じるか信じないかにわかれるところ。
するとトレーナーさんから、
「嫌な人間関係を断ち切るには、どの方向へ引っ越せばいいですか?」
と質問される。
それなら九紫火星の方向だ。
九紫火星は「離」の作用を持っていて、その人から不要なものが離れていく働きがあるとされる。
不要な脂肪、不要な病、不要な人間関係、不要な仕事、不要な困りごと、などなど。
まさかこれが?というようなものも離れていく。
まさかこれが?というようなものが、なぜ不要なものだったかは、本人にしかわからないと。
トレーナーさんは五黄土星。生まれ月もチェック。
うん、九紫火星の方位が直接とれる人だ。(わたしはとれない)
「今年中に引っ越すんだったら、南東です」
と結論。
九紫火星がのっている南東に行くだけでも、離の作用が働くはずだけれど、南東の中でも、南寄りにすると、その効果が今年は12倍。
プラス、今年の五黄土星の人に限って、さらに12倍になり、「今じぶんがもっているものがすべて活きる」作用が加わる。
しかし、12倍以降の話はしなかった。
本当に引っ越すかどうかは、その人の決意しだいなのだ。
だから、もしも引っ越すと決めたら、引越し月も重要なので聞いてくださいね~と伝えた。
九紫火星の作用は、わたしもぜひ体験してみたいんだよなあ。

今年の五黄土星がうらやましいぞ。