森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。 mori ka do gon sui

はぐみ、なごみ。

ハグみじゅうたんを買った。
じゅうたんを買うのは初めてである。
何十年も、フローリングだけで過ごしてきた。
しかし、「ハグみじゅうたん」を知り、ショールームに行き、買ってしまった。
しかし、部屋用のじゅうたんサイズで一番小さなものでも、わたしの部屋に敷いたらクローゼットの扉が開かなくなると気がつき、玄関用Lサイズ(70センチ×110センチ)を二枚購入して、二枚を並べて敷いた。
一枚は蒼と白のグラデーション、もう一枚は薄紫、ピンク、黄色、黄緑、ベージュのグラデーション。
一番値のはる「ており」シリーズ。だって触れ心地と色合いが、他のシリーズとまったくちがったのだ。
紬の着物のような、人工より自然に思い切り針が寄った、攻撃してこない色合い。
自然光の直射日光の下で見たとき、自然光の日陰で見たとき、人工灯で見たとき、毛が立っている方向から見たとき、毛が寝ている方向から見たとき、ぜんぶ色合いが異なる。
一番綺麗なのは、自然光の日陰だなあ。
蒼いじゅうたんの上に座って飲食しながら、薄紫のじゅうたんをぼーっとながめることが多い私なのだけれど、ほとんど、じゅうたんを鑑賞しているような気がする。
鑑賞して、癒されているような、なごんでいるような気がする。
異国のじゅうたんのデザインは、部屋に置いたら浮くかも、落ち着かないかも、と私は感じていたけれど、これは、落ち着きをもたらしてくれる、日本人のためにつくられたじゅうたん。(生産地は異国だけれど)
部屋用サイズのておりシリーズは、若い年代にとっては、給料一か月分の価格なのでは?と思う。
しかし、部屋用サイズのておりシリーズの大部分が、注文が殺到していて制作待ちなんだって!
来年の8月にならないとできあがってこないのに、それでもいいと注文していくお客さんもいるって!
ショールームで聞いた話。)
私が買ったサイズは、需要が少なめのサイズらしく、待つことなく手にはいってしまったが。(わたし、「巨大な玄関サイズじゅうたん」を部屋に敷くという邪道な発想をしたから。)
売れなくて困っている人は多けれど、困るほど売れるってすごいなー。
売れるものは売れるんだ。価格とは関係なく。
じゅうたんを敷き始めて、一年は、遊び毛が出ますよ、と説明された。
気がつくと、白いふわふわした綿毛のようなものが、部屋のあちこちに落ちているようになった。
これが遊び毛かあ。
羊毛じゅうたんなだけに、わたしの部屋にひつじが一匹住んでいるような感じ。

叫び。

7月に、仮吉方に出たときは、出たとたん、身体もこころも健やかに元気だった。毎日楽しかった。
9月末に、仮吉方を終えて、自宅に戻った。この戻りこそが、本当の引越しになるはずなのに。
戻ったとたん、身体もこころもハードなのである。
仕事はどんどん困難事が続いているし、1月以降はもっと困難になる見込みだし、身体もこころもとても健やかとはいえない。
そんな中で迎えた誕生日には、ミッドタウンのイルミネーションを見る。
昨年の誕生日にも、ミッドタウンのイルミネーションを見ながら、来年の誕生日には、わたしは仮吉方を終えて、このイルミネーションを見ている!と誓った。
誓いは果たされた。・・・でも、ハードデイズがつづいている。
じぶんの怒りをおさえなくてはならない出来事があり、それは突発的なものではなく、たぶん少しずつたまっていた忍耐のコップの水が飽和点に達してしまったからなのだが。
とにかく怒りを抑えよう!飲み込もう!と、社屋の階段エリアで、「あなたは最低の上司ー!」と四回叫ぶ。
四回叫んだらおさまったようで、うん、すっきりした♪と戻りかけたら、階段脇の男子トイレから出てきた部長と目が合った・・・。あ。はいっていましたか。
部長は、どんな名役者でもこの表情をつくることはできまい、というような奇妙な表情をしていた。
叫んだ対象は、部長のことではないんだけど。まあ、いいか。とそのまま通り過ぎる。
怒りを消化して、生きていく。最近、胃腸は元気がないんだけれど。

 

太陽は、公平でおおらか

がんばって準備していた仕事があった。
その仕事の主務者は私ではなかった。
というわけで、これ以上私が関わると、でしゃばりになりそうな雰囲気になったので・・・。
今後は手を出さないようにしようと決め、それでも落ち込みと怒りを抱えて、どうやって気持ちを立てなおそう?こういう悔しさは、幾多もの人が味わってきたもののはず。
どういう態度を築いていくべきなのだろう?といろいろ考える。
せっかくなので・・・と易を立てる。
・・・・・・。
とてつもなく良い卦が出ちゃった。
火天大有(かてんたいゆう)。二爻。
こんなに落ち込んでいるときに、なんでこの卦~っ。
てっきり叱られるような卦が出るんじゃないかと思っていたのに、思いがけず、励まされてしまったきぶん。
今までも、たまに火天大有をもらったことがあって、いつも二爻だから、ちゃんと答えられた卦と思っていいはず。
火天大有をもらった人間の態度って?と、また考える。
・・・気にしないことだな。そして、その仕事自体、忘れること。
わたしの手から離れた仕事。そもそも、最初からなかった仕事。そう思えばいい。
がんばりのエネルギーを注ぐ対象は、また別の仕事、別のものに向ければいい。
趣味重視、割り切り社員生活を送る長年の友人の考え方を借りれば、他の人が仕事をやってくれるんなら、ラッキー、どうぞどうぞ!と言いそうである。
火天は、天に輝く太陽。照らすエリアは地球ぜんぶ。ちがう、太陽系ぜんぶじゃん。
太陽のおおらかさを、ひとかけらの光でもじぶんの中に。

植物リンク

最近あらたに見つけて気に入ったカレー店が、「代々木カリー」。
「代々木ビレッジ」の中の一店舗。
代ゼミのほぼ裏に位置する代々木ビレッジは、プラントハンターが集めたユーモラスな樹木と草花が棲む空間に、竹布を使った製品の店とか、バオバブの果肉を練りこんだチーズケーキの店とか、植物のリンクを意識したお店が並んでいる。
カレーだけではなく、この樹木や草花のそばに寄りたくて、足を運んでいるわたしである。
「樹木」や「草花」は、今学んでいることにもやたら登場してくる。
それで以前より、意識が深まっている気がする。
草花は、群れているからこそ元気いっぱい、とか、樹木は枝を切らないと成長しない、とか、湿った土に雨が降り注いでいたら、そこに必要なものは太陽と草花、とか、いっぱい登場してくる。
代々木ビレッジの中の植物に癒されながら、ふむふむ、そのとおりだね、とフィールドワーク的に勉強させてもらっているふうなわたし。
「代々木カリー」は、セットドリンクに「よもぎ茶」を選択できるのが、植物リンクふう。
お散歩休憩中のトイプードル二匹に手を甘噛みしてもらったのも、スイートな思い出。

譲るオトナ

先週のNHK「SONGS」での、井上陽水玉置浩二のデュエット。
井上陽水の小さなしぐさが、とてもいいと思った。
歌いながら、玉置浩二に、お先にどうぞ、アフター・ユー、的な、手の平を差し出すしぐさ。
一番の聴かせどころな部分を、玉置浩二のほうに譲るしぐさ。
歌い手がふたりである限り、戦いのようなデュエットになったり、仲良しのデュエットになったり、いろいろなデュエットの様相があらわれると思うが。
これは、譲り合いのデュエットともいえない。
「譲る側」が決まっている。「譲られる側」が決まっている。
年上の人が年下の人に譲るという様相。
「譲るもの」は、モノより、チャンスのほうが、しっくりくる。
そして、譲る人よりも、譲られた人よりも、譲る人と譲られた人を見ている人が、しあわせになる。
譲る人は余裕があるからこそ、譲る人になれる。
「譲る年上の人」になりたいものである・・・。

苦しみを噛み砕く。

一般職が直接仕事の話をしていいのは、すぐ上の役職の人だけ、それより上の役職の人に話をしてはいけないというのが、勤務先の暗黙のルール。
それは、すぐ上の役職の人の判断のふるいにかけられ、そのふるいから落ちれば、誰にも話が伝わらないことを意味する。
先日、わたしがぶちあたった状況だ。
しかし、この話、ふるいから落ちるのはどう考えてもおかしい、という思いがどうしても離れなかったので、ここは飛びワザを使うしかない!と思って、パワーハラスメント相談を申し込んだ。
役職を二段飛びしたところに声を届けるには、これしかないという状況なのよ。
それに、パワーハラスメントの規定を読んでみて、これは今のわたしの状況にあてはまる、筋違いの行動に出ているわけではないとも思った。
相談に行く前に、心構えを問う易を立ててみた。
火雷噬校(からいぜいごう)。
易の卦の一覧の中で、この卦の名前、なんてスケアリーなんだろう、とわたしが他人事のように思っていた卦が初めて出たっ。
卦の解説を読み始めたとたん、この状況で、この卦が出たのは、まさに状況と卦のジャンルが適合しているから、易はちゃんと出された、と確信した。
(まったくジャンルちがいの卦が出たときは、問いが放棄されたと思っていい。)
さらに、爻の解説を読んだとき、この相談、わたしの訴えが通る、と直感した。
そこで、二人の相談員に一生懸命説明。嘘と誇張は絶対に挟まないように。関係者に後付の調査が入るはずだから。
相談員は、とても熱心に話を聞いてくれる。「真摯な姿勢で人の話を聞く」というだけでもこんなに励まされるんだな。
わたしも「真摯に聞く姿勢」を、身につけようっ。
話し終わると、これからわたしたちがどう動くかなんだけど、こうやって動こうと思う、話しにいく相手はこの人とこの人にしようと思う、と説明されたのが、とても納得する助かる内容で、相談員は、組織図とはまったく関係ない道筋を動ける人なんだっ、道筋にも明るい人なんだっと思う。
「組織の中にいる、自由な道筋を行ける労働者のサポーター」は、労働環境の緊急薬だっ。
そしてそして。
・・・訴えは通った。
三週間後、結果の説明あり。
ふるいから落ちて、それっきり捨ておかれるはずだった訴えが、役職を超えて部署を超えて飛び立って、複数の人間が動いてくれることになった。
時期にも助けられた要素が大きくて、もしも訴えが葬られたまま冬になったら、聞き入れてあげたくてもどうすることもできなかったけれど、今なら準備する時間がある、と。
わーん、早く動いて良かったーっ。じぶんの声をちゃんと聞いてよかったーっ。

 

伝達と攻撃

算命学の点から見ると、私には伝達と攻撃の要素が多いから、営業などの仕事が会いますよ、と言われたのが意外だった。
営業の仕事は、やりたいきもちも持ったことがないし、実際に、ずうっと縁がないんだけど・・・。
わたしにとって「営業の仕事」のイメージって、「雇用者が売りたい商品を勧める被雇用者」だ。
わたしが歩いてきた、見てきた世界では、そういうものだった。
じぶんが売りたいわけではない商品を売るのってタイヘンだなーと思っていたけれど。
・・・・営業の仕事って、そういう意味ではないのかも。
「伝達」と「攻撃」のブレンドにもいろいろある。
たとえば、じぶんがいいと思ったもの、その良さや思いを、攻撃的なくらいに、うざいくらいに、伝えるということ。
そういうことだったら、たぶんわたし大好き。
でも、じぶんが良いと思っていないものを良いと伝えるテクニックは、ないっす。たぶん。
わたしの中では、「営業」ということば自体が狭い歩き方をしていたけれど、じぶんが見知った世界から離れて、もっと広いところを歩かせて考えると、可能性も表現の仕方も、広くなっていくんだ。
伝達はともかく、じぶんの中に攻撃要素が多いってなんだかなー、と思っていたけれど、いいかも、攻撃。