森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。 mori ka do gon sui

世界の広さ

5月から6月に移る時期に、いくつかの出来事があった。

5月終わりには、二回目の参加となる「心と身体が喜ぶ癒しフェスティバル」で手相観。初回より目立たない席位置だったので、お客は減るだろうなと覚悟していたけれど、終わってみたら、初回と同じ人数だった。男女比も同じくらい。新参者枠での参加は今回が最後となるので、出展料増につき、次回からは鑑定価格が500円ではなく、相場価格となる。これからますます、利益のためというより修行のために、さまざまな手相に出会いに行こう。

手相観をしていたその日の夜、気学の師匠がお亡くなりになった。

通夜と葬儀が行われる一週間後の6月最初の土日、わたしはなんの予定も入っていない休日で、なんの予定もない休日があるのっていいなあ、と思っていたら、見事に予定が入った。先生にお別れをしにいくんだ、と通夜へ行く。長蛇の列ができていたその葬儀は、1000人を越える参列者だったそうだ。国内からだけでなく、国外からもかけつけた参列者はみな、先生にお会いしたことがあるはず。映像や書籍だけではなく、生身の先生に。

生身のお客さんを連れてくるのは、生身のお客さんですよ、と手相の先生に教わったけれど、気学の師匠の生身の生徒を増やしたのも、生身の生徒だったはずだから。

気学や算命学や手相観のようなことを、露骨に見下し馬鹿にする知り合いもいる。大切な知り合いに対しては、だまって二度とその話題に触れない。そうでない知り合いとは会うのをやめた。

世界をひろげてくれる、と伝えても、信じてくれないだろう。じぶんで世界を狭めると、いつしか傲慢になってしまうことがあって、その中でつくられたプライドは、たぶんコチコチに固いのだ。

やわらかいプライドを。草花のようにやわらかいプライドなら、折れずに済む。