森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。 mori ka do gon sui

ハサミ再考

ハサミ。
鋏のことを、あらためて考えた。
こどものころから、身近にある道具。
時代を経ても、基本的に形が変わっていない道具。
完成形だから、変わらないということだろう。
ちなみに、ハサミは、九紫火星のアイテム。とっても九紫火星らしいアイテム。
「切り離す」という意味でも、「完成形」(頂点に達している)という意味でも。あのデザインの意匠も、おもいっきり九紫火星。
今月に入ってから、なぜか、じぶんに九紫火星的な出来事が起こりはじめた。
「離(り)」の象意をもつ九紫火星。
まさかこれが?という意外なものが離れていく現象は、九紫火星らしい現象。
ただし、その「離」は、永久の別れという意味ではない。
そして、その「離」は、プラスに働くはず・・マイナスに働く場合も条件によっては起こるけれど。
先月から仮吉方中のわたし。
九紫火星の「離」の現象が起こったとき、気がついた。
今、仮吉方中の方位は、てっきり、二黒土星と四緑木星だけだと思っていたら、九紫火星も含んでいたことに。年盤で座っている星が九紫火星だから。
てっきり、九紫火星はじぶんとは縁のない星だと思っていたけれど、よく考えたら、わたしの持つ星の中に、九紫火星のキキメがある部分があったことにも。
九紫火星は、けっしてじぶんに縁のない星というわけではなかったのだ。
そんなことを考えながら、仮吉方宅近辺を歩いていたら、お寺の入り口に並んでいる近日イベント札の中に、「ハサミ供養」を発見っ。
針供養はきいたことがあるけれど、ハサミも供養するのか・・・。
そういえば、日本のオバケには、捨てられた傘とか、しまいこんで使わなくなった楽器が化けたオバケがいるくらいだから。
長く愛用したモノならば、雑に捨てたり、しまいこんだりしないで、ちゃんと供養しなくてはと、日本人は考えたのだろうか。だから針もハサミもこうして供養されている。
針やハサミにオバケになられたら、考えるだに恐ろしいしなあ。

「ハサミ供養」の札を目にし、生涯でいちばん、ハサミについてまじめに考えた。
ハサミは、何かと何かを切り離す道具。
でも、破壊しているわけじゃなくて、なにかを生み出すために、なにかを始めるために、切り離しているのだ。
テープカットは、始まりのしるし。

服についているタグを切り離すと、服の所有がはじまる。
紙を切り刻んで生まれる、舞台に降る粉雪。

髪を切り刻んで生まれる、あたらしいヘアスタイル。
なにかから離れるたびに、人生が発展するという、九紫火星人そのもののような、ハサミ。
ハサミはなにかを傷つける道具ではなくて、なにかを始めるための道具。
それが正しいハサミのありかた・・・。

そういえば、仮吉方宅のマンスリーマンションは、日常的なアイテムは室内にあらかじめセットされているけれど、その中に、ハサミはなくて、入室してすぐに、買いに走ったっけ。やはり、九紫火星との縁を感じるなあ。
この夏、ハサミについて考えたことを、わたしはきっと忘れない。(たぶん)