森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。 mori ka do gon sui

すべてのことに意味はない

すべてのことに意味があるなんて考えると、考えすぎになる。
意外と答えは、とてもシンプルだったりするから。
と、じぶんに言い聞かせているけれど・・・。
毎年、気学界(わたしの勝手な造語)で、もりあがるシーズンがある。
それは、今年引越しをしようとする場合に、動くべき時期が近づいたとき。
人によってはこのシーズンが、三ヶ月早く到来する。
本当の引越しはせず、引越しをしたかのような行動をとる場合だ。
その行動を「仮吉方(かりきっぽう)」という。
気学界の外の人からみれば、狂気の沙汰的行為だと思う。
その「仮吉方」のシーズンが、そろそろくるのだ。
動こうとする人たちは、まさにその準備に入っているはず。
それで、わたしもその中のひとりである。
今まで無意識の引越しをしてきたけれど、意識的な引越し、しかも仮吉方は初めて。
狂気の沙汰的行為と笑って体験しないよりも、笑われて体験してみたい気持ちのほうがずうっと強いわけ。
二年以上気学をまなんできた中から、体験した人たちのうわさから、「お試し」がくるとは聞いていた。
意識的に動くぞ!と決意したとたん、その決意をくじくような出来事に見舞われると。それが「お試し」。
おまえはこんな目にあっても動きたいのかーっと覚悟を問われるような、お試し。
この半年間、手や指や爪や手首のケガに何度も見舞われて、これがお試しかなあ、と思った。
わたしが仮吉方をとろうとしている二黒土星は、手指を担当する星だから。
先週、とどめのように右手首を打撲。
でも、仮吉方先を三ヶ月借りる契約書も昨日、届いたし、お試しはこれでもう終りかなあ、と思ったら。
今日、自宅の天井からの水漏れが発覚ーっ。
水漏れは、水を担当する一白水星の事象である。
わたし、六白金星は、今年ずっと、一白水星の本拠地に座っている。
どの星も、この位置に座る一年があって、その年は、苦労の年、学習の年といわれているが。
たしかに今年は、さまざまなケガや不調や経済的不遇には見舞われているものの、このくらいならだいじょうぶ、と思っていたら。
こう来たかーっ、しかもこの時期にーっ、という水漏れ。
たぶん水漏れの配水管を直すために、自宅の天井を壊すことになるんじゃないかな・・・。
でも「お試し」がきたってことは、わたし、きっと仮吉方を果たせる。
方位がロックされたのだ。
すべてのことに意味はない。

けれど、意味をもたせてじぶんをはげますことは、きっと悪くはないこと。