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森火土金水

手相と九星気学風水について綴っています。はてなダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/topazfall/

土用ラストスパート

土用のラストスパートに入った。冬土用の最終日は、2月3日。
2月4日から、気学上の新年がスタートする。
年に4回ある土用は、季節の境目、つなぎ目の期間で、大気が不安定になり、人のこころも身体も不安定になる時期。
だから土用期間は、自然の気に逆らわず、ムリをしないで過ごすことこそ、効率的。
(土用と関係なく・・・睡眠時間を削って働きつづけることも、無駄な時間なく働きつづけることも、人間的に不自然なことだから、効率的ではなく、非効率なことをしているということなのだ)
それにしても、今回の土用は、からだの面ではラクだなあ、と感じている。
たぶん、暖かめな気候のせいだな。
しかし、さすが土用期間、こころの面では、すこし不安定である。
そういえば、職場スペースの壁掛け時計。二ヶ月前くらいから、時刻が遅れ気味だ。
電池交換をして、きちんと動くようにしてみよう。と、突如昨夜思いたつ。
土用が終わる前に、変えておきたい。
わたしが突如そう思ったのは、わたしが六白金星だからなのだ。
六白金星にとって、近くにある時計が止まったり、遅れたりするのは、好ましくないこと。
なんで時計かというと、以前記事に書いたように、さまざまな事物は、木火土金水の五行のどれかに分類できるように、九星にも分類ができる。
で、「時計」は「六白金星」に分類されるのだ。
そのココロは?
時計は休みなく、正確に、動き続ける精密機械だから。
六白金星の人も、そういう人が多いはずなのである。
時計が遅れるか止まる→そばにいる六白金星が調子をくずす前触れ、と思ってもいいことも。
しかし「休みなく正確に動きつづける」ということは、じつは人間としては不自然なこと。
人間は、時計にはなれない。
だから、六白金星は、常に強くて完璧な仕事ぶりに見えて、ときに、からだもこころも折れるときがある。
だって不自然なことをしているんだもんね。
出社してすぐ、壁掛け時計の電池交換をしたとたん、息を吹き返したように、秒針が元気に動き出した。
わたしのこころにも元気が回復しますように・・・と時計に頼んだりして。
土用最終週。

 

スタートは笑われる

私の周囲で気学に興味をもってくれる人は、ほとんどいない。
優しい友人は笑い話として聞いてくれ、賢い友人からは「私はそういうものに頼らず、実力でいきたいから」と言われる。
実力でいきたい・・・という発言について、リンクしたできごとがあった。
なぜか、行きつけの整体師の子は、気学に興味をもってくれて、施術にいくたびに、話題にする。(美容師と同じで、お客に対するサービスの会話なのかもしれないけど)
そのとき「だれもが知る超有名野球選手○チローも、メジャー入りのときは奥さんのいうことを聞いて、気学をふまえて、わざわざ早めに渡米したんだよ~」と伝えると。
「ふうん、意外ですね、スポーツ選手って、じぶんの実力で勝負したがる人たちだと思っていました」と言われる。
ここでも聞いた、「実力」という言葉・・・。
「実力でいく」「実力で勝負する」というのは、「実力に自信がある」ということになる。
もしも、ねえ、実力に自信ある?と聞かれたら、わたしはたぶん、自信ない、と答えるだろう。
○チローは、実力に自信がないということになるのだろうか。
というより、じぶんの実力は、まだまだだ、と、とらえているんじゃないだろうか。
傲慢になっていない、慢心していない、と、とらえられるんじゃないだろうか。
極限まで、努力したうえで、じぶんの実力はまだ足りないと思うから、他者の力をプラスできるものならプラスしよう、と、とらえられるんじゃないだろうか。
それって謙虚じゃないだろうか。
謙虚な人には、その人以外のものが、味方になってくれる。
人によっては、笑い話。
毛色の変わったことを初めるときは、笑われるものだと、思っていよう。

五大凶方後、無事。

わたしは、19歳のときから今日まで、6回引越しをしている。
6回とも、無作為で決めた引越し。(あたりまえだけど)
6回の引越しの経験が、「気学は、ある」、と決めたモトとなっている。
6回の引越しのうち、気学的に見ると、2回は、いい方向、4回は、よくない方向に引越している。
気学のような、方位に関する学問は、恐怖を与えることのほうが、大きくなる危険がある。
たぶん、何をすすめるにしても、恐怖を伝え、恐怖をあおるほうが、・・・カンタンなことだから。楽しさよりも。
でも。
わたしは、よくない方向に引越して、どんな悪いことが起こったかというより、いい方向に引っ越して、どんな作用が起こったかを考えることのほうが、とてもとても面白かった。
それは、ある意味で、わたしがラッキーだったからかもしれない。だって、今わたしは無事だから。
気学の、恐怖の代名詞のひとつ。
五大凶方。(ごだいきょうほう)
5種類の、悪い方向のことをこう呼ぶ。
わたしは6回の引越しで、五大凶方ぜんぶ、経験したんだよ、あーっはっはっはっ。
6回の引越しのうち、よくない方向は4回だったのに、なんで5つの凶方をこなせたかというと、いちどに悪い種類がふたつとか、みっつとか、重なってたからだよ、あーっはっはっはっ。
でも、死んでないよ。幸いなことに、無事だ。
だから、4回のよくない方向への引越しのことよりも、2回のよい方向への引越しのことを、いろいろ考えてみた。
単に、良さがあるといっても、良さの作用が、ちがうのが、面白かった。
良さの作用の中には、悪さから守ってくれる作用も、あったのかもしれないと、思った。
わたしにこう作用したのが、べつの人には、またちがった作用をするのだろう、と思った。
五代凶方をすべて経験したことも、恐怖を知るために、恐怖の乗り越え方を学ぶために、あったのかもしれない、と思った。
良い方向のさきにも、悪い方向のさきにも、九星のなかのひとつ、あるいはふたつ、みっつの星がいる。
その星によって、作用のしかたがちがうのも、面白かった。
・・・という話も、たいていの人は、とりあってくれないと、じぶんの周囲がそうなので、よくよくわかっている。
地球の外の宇宙は今も膨張しつづけていて、宇宙は真空じゃなくて暗黒物質がぎっしりつまっている、という話も、なんだか信じられないのと同じかも。

土の色は何の色

日本の紙幣は、地味な色である。
他国には、異様にカラフルな紙幣もあるのだ。
アートのような、おしゃれな紙幣だったり、ブラッディな赤い紙幣もある。
しかし、あの、電気を消した部屋の中にお札内の人物がじっとしているような渋さが、お金のデザインには、なじむと考えるのが日本人の感覚なのだろう。
カラフルだと、紙幣を人前で取り出すときに、見せびらかしているようだし、軽々しい気がするし。
日本の紙幣のデザインの渋みのモトは、土色(つちいろ)なんじゃないかと思う。
最後に土色の水にさらして、土色仕上げをしているような感じ。
気学では、「土」は「金」を育てる、というリクツがある。
鉱石が土の中から生まれるからである。
土の星がになう色は、土にゆかりのある、黄色、茶色、黄土色など。
黄色い財布が縁起物とされるのは、黄色がお金を育てる色だからである。
しかし、財布の色以前に、日本の紙幣は、もう土に守られている気がする。
紙という、本来はお金にそぐわない材料を使った、紙幣という金を守っているのが、土色。
(硬貨も、銀色という、直球で「金」の星の色を使っていたり、やはり「土」の色の銅色を使っている。)
紙幣を見ると、日本人は、土色づかいが、わかってる!と感心してしまう。
もうひとつ、わかってる!と感心した使いぶりがある。
それは、新幹線のお医者さん、ドクターイエロー
線路周りに悪いところがないか、診察に走るドクターイエロー
文字通り、黄色い車体。土の色の車体。
前記事で伝えたように、土の星3つの中のひとつ、五黄土星(ごおうどせい)は、誰もが見放すような病や、腐敗や、ダメなものを、見捨てずに、癒してよみがえらせる力がある。
イエローは、五黄土星のスゴい治癒力の色。
イエローをもっているなんて、そりゃ最強の医者なのだ。
公的ホームページでチェックすると、黄色にした理由は「目立つ色」で、「前世代の点検車体も黄色だったからそれを受け継いだ」とあるが、とにかくココはイエローじゃないとね!
じかにドクターイエローを見ぬうちから、その実力を信頼しきっている、わたし。

身近な五黄

気学の九つの星の中のひとつに、五黄土星(ごおうどせい)という星がある。
「土」をつかさどる3つの星の中のひとつである。
わたしの父と母がこの星である。
五黄の土から生まれ、五黄の土に育てられた、ワタシ。(ちなみにワタシの星は六白金星(ろっぱくきんせい)という)
たぶんわたしは、他の人よりは、五黄土星と関わった時間が長く、五黄土星を知っているんじゃないかと思う。
気学を学びはじめて、「あ、五黄だ」と最近、わかったのは、母の掃除の仕方かなあ。
わたしが幼い頃から今日まで、母の掃除の仕方には一貫した特徴がある。
まず、一定期間、散らかし、片付けない。
一定期間といっても、食器の洗いものなら丸一日、部屋全体は4、5日といったところか。
まず散らかった、汚れた状態を作る。
まず、混沌の状態を作り出す。
そして、ある時点で一気に、混沌の状態をクリーンにする。
がーっとまとめて洗いものをしたり、がーっとまとめて掃除機をかける。
ちなみにわたしは、ひとつ食器を使うたびに、すぐに洗って、水気を拭いて、しまう、という人間である。
きれい好きなわけじゃなく、掃除が嫌いだから、小分けにすれば、気が楽でそうしているだけである。
しかし、母は、まず混沌、腐敗の状態をつくりだし、それをがーっと一気に解消するのが好きらしい。
それ、とても五黄的なのだ。
五黄は、誰もが見放すような腐敗や病人ややっかいごとを相手にし、よみがえらせてしまう星。
ゴミをクリーンにするのではなく、ゴミを宝に変えてしまうような星。
納豆づくりやワインづくりなど、なにかを発酵させることが、得意な星。
時間を発酵させる(思い出をずっと覚えていたり、ずっと先の予定を楽しみに待つ)のも好き。
それと、無駄な動きはしたくないのも五黄。
いかにして、じぶんが動かずに、物事を成すかを考える五黄。
シンクに食器を山積みにしてしばらく放置してから、がーっと一気に洗う母のすがたに、「発酵→混沌と腐敗をつくりだす→一気によみがえらせる」、という五黄のプロセスの現れを感じる娘なのであった。

 

紅白の黒白

黒い衣装と白い衣装が妙に多かった、昨年末の紅白歌合戦
べつに開催者側から、指示があるわけでもなく、出演者が示し合わせたわけでもないのなら。
この、黒と白の選択の多さは、なにゆえだろう?
紅白に出演できるのは勢いに乗っている人たちで、その人たちの背後には、勢いの波に乗らせる、波を読もうとしている陰役がいっぱいいて・・・。
勢いの波に乗ろうとしている人は、過去より未来を見ている。
さっき来た波より、次にくる波を。
勢いの波を読むことに優れたセンサーやアンテナを今、もっている人たちがなんとなく黒や白を選択したのなら、わたしはなんとなく納得してしまう。
白と黒の色をになう星、一白水星(いっぱくすいせい)が、2017年の立春後から、人の気を支配する。
紅白で、白と黒の衣装を選んだ人たちは、より運気が強い人たち。
優れたセンサーを持つ人々は、次の星の気をキャッチしているように思えてならなかった、昨年の紅白。

引き止めるラッキーナンバー

病院で「4番」の診察室を見たことがない。ある?
ひとつの科で、いくつもの診察室が並んでいるような病院では、1,2,3の次にくるのは5番診察室だ。
「4」の存在はシカトされている。
日本で病院をつくるときのお約束なんだろう。
「4」が「死」を連想し、「4」があるだけで、「死」を招くと。
(音が別の意味合いの同じ音を呼ぶということは、まるっきり迷信というわけではなく、軽視できないということを、別の分野でわたしは学んだ。)
気学の九星は、じぶんの数字をもっている。
この数字をラッキーナンバーとして、使うことがある。
たとえば、じぶんでどれでも自由に数字を選べます、という状況におかれたら。
目を閉じて数字を選ぶ、という手もあるけれど、選択基準をもっていると、早いし、迷わない。
面白いのは、じぶんの星の数字が、じぶんのラッキーナンバーになるわけではないということだ。
そして、ひとつだけではなく、複数ある。
わたしの場合、ラッキナンバーの中に「4」があるのよ。
気学を勉強しはじめて、「4」はわたしの中では、スケアリーナンバーではなく、ラッキーナンバーに変わった。
カモーン、「4」♪って感じである。
実はこのラッキーナンバー、今のわたしのこころのストッパーにもなっている。
じぶんで選べる状況で、ラッキーナンバーを使うのではなく、選べない状況なのに、ラッキナンバーをもらってしまったら?
故意のラッキーナンバーと偶然のラッキーナンバー。
偶然のほうが、故意よりも格上のような気がしてならないわたし。
マイナンバーじゃないよ。
勤務先の社員番号がラッキーナンバーなのだ。
なぜーっ!って感じ。
入社時から変わらない、入社時にもらった、そして退社するまで変わらない。
入社から退社まで、わたしにひたっと付いている社員番号がさ。
ときおり、もーっ辞めよう!と弱まるわたしの背中を、がしっと支えるストッパー。社員番号。
が、がんばってみるか・・・とたちなおる。
じぶんをたちなおせるコワザはいくつも持っておくべきだからさ。